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07

2007

4/7 雨の焼山寺越え


雨の焼山寺越え



藤井寺から12番焼山寺へ


端山休憩所からの眺め
端山休憩所からの眺め
遍路道にあった湧水
遍路道にあった湧水
柳水庵に到着
柳水庵に到着
今は無人の柳水庵
今は無人の柳水庵
お大師さまのお迎えを受ける
お大師さまのお迎えを受ける
一本杉
一本杉庵(浄蓮庵)
集落の間を抜けて
集落の間を抜けて
谷底から最後の急な上りへ
谷底から最後の急な上りへ
登ってきた方向を振り返る
登ってきた方向を振り返る
元気なおじいちゃん
元気なおじいちゃん

朝6時頃目が覚めたが、昨夜の食べ過ぎのせいかまだ胃が重い.窓の外はどんよりしていて、今にも雨が降り出しそうな気配だ.今日はいよいよ焼山寺越えである.これまで良い天気が続いていたのに、よりによって焼山寺越えで雨にたたられるとは...


チェックアウトを済ませ、ホテルを出ると案の定雨がパラパラと降ってきた.レインウェアを取り出して着替えるのも面倒なので、暫くウィンドブレーカと菅笠で雨を凌ぐことにした.思ったよりも菅笠に雨除け効果があるので驚いた.胃がもたれていてとても朝食を食べる気はしないが、山の中では食料調達はできそうもないので、途中のコンビニでおにぎりとミネラルウォーターと非常食のチョコレートなどを買い込んでおいた.


藤井寺の手前で例の外人さんの夫婦が先に歩いて行くのが見えた.向こうも私に気付いたらしく、オハヨウゴザイマスと手を振りながら挨拶してくれた.境内の手前の駐車場で軽くウォーミングアップを始める.境内にはもっとお遍路さんが居ると思ったが、私とこの外人ご夫婦だけだった.今日焼山寺越えをしようとする人達はもうとっくに山に登ってしまったらしい.



午前8時10分外人さん夫婦に軽く挨拶して一足先に境内の横にある登山口から登り始めた.登山道は雨で湿ってはいたがまだ滑り易いというような状態ではなかった.苔むした昔の遍路標識がこの遍路道の歴史を感じさせていた. 登り始めて程なく、端山休憩所と呼ばれている麓が一望できる見晴らしの良いところに出た.春雨に霞んではいたが遠くに吉野川が見えている.これまで歩いてきた道を確認してみる.


険しい山岳コースを想像していたが、とても良く整備された歩き易い登山道で、ちょっと拍子抜けする.程なく長戸庵という屋根のある小さなお堂に着いた.まだ登り始めて1時間も経っていなかったが、ウェアを着替えるためここで暫し休憩することにした.着替えている最中外人のご夫妻が通り過ぎて行った.かなり登山慣れしていると見えてここで休憩することなくそのまま軽やかに山道を登って行った.私も着替えを済ませると、この夫妻の後を追うように長戸庵を後にした.


途中の遍路道に水が湧き出している小さな井戸のような所があったが、あまり衛生状態は良くないようなのでこの水を飲むのは止めておいた.次の柳水庵には水飲み場があるようなので無理にここで水を補給する必要はなさそうだ.


登り始めてから2時間弱で標高500mの柳水庵に到着した.麓の登山口からここまでは約6.6km、焼山寺まで行程のちょうど中間あたりだろうか.このまま順調に行けばお昼ちょっと過ぎくらいには焼山寺に着けそうだ.柳水庵では、私より一足先に到着していた10数名くらいの一団が休憩していた.この人達は特にグループで来ているというわけではなく、山を登っているうちに自然とグループになったそうである.この一団の中に安楽寺で出会ったおばさん2人組も含まれていた.


この集団の中に20歳前後くらいで、真っ赤なスウェットを着た体格のよい男の子が居た.野宿でもしているのか、大きく重そうなザックを背負っていた.既に相当へばっていて声を掛けてもうつろな返事しか返ってこない.この様子では焼山寺まで行くのは無理ではないかと心配になった.この男の子の他にもう一人ちょっと気になる若い女性が居た.この女性もどことなく目が虚ろで、半ば放心状態のようだった.何か深刻な状況を抱えてお遍路に来ているいるのだろうかと心配になった.


お遍路関係の本を読んでいると、この柳水庵には以前老夫婦が住んでいて1日3名限定の遍路宿を細々と営んでいたらしい.辰野和男さんの「四国遍路」という本にもこの老夫婦のことが紹介されている.残念なことに、今はもうこの柳水庵の宿は営業しておらず、ここにはもう誰も住んで居ないようだった.主の居なくなった玄関の前に緑の公衆電話が一台ポツリと置かれていたのが印象的だった.


柳水庵の廻りには桜などの木々が植えられていてとても良い雰囲気なので暫く柳水庵で休憩していくことにした.私よりも先に着いていたグループは入れ替わるように先に出発して行った.このころには胃のもたれも大部良くなってきたので、朝コンビニで仕入れたおにぎりを食べたりしながら20〜30分ぐらいのんびりしていた.柳水庵の直ぐ側には屋根付きの立派な休憩小屋が建てられており、水場もあるので野宿派の宿泊場所としては最適だろう.


柳水庵を出発して直ぐに先程のグループに追いついてしまった.どうやらこの集団の登るペースはとても遅いようだ.こんなペースで登っていて大丈夫なのか心配になったが、年配のリーダ的な存在の人が居るようなので、そのまま追い越して先に行かせて貰うことにした.


次の浄蓮庵(一本杉庵)は標高745mで、標高700mの焼山寺よりも高い位置にある.急勾配を登り切り、息を切らせながら最後の階段を昇りきると、いきなり目の前に立ちふさがるように巨大な杉の木と大師像が現れた.やっとの思いで登ってきた人の目の前に突然大師像が現れるというのは本当に見事な演出だ.


雨が強くなってきたので、浄蓮庵の軒先を借りてレインウェアに着替えていると、外人夫婦が『オサキニ』と言って私の前を通り過ぎて行った.外人夫妻と私の歩くスピードは殆ど同じで、途中休憩の度に何度も追い越したり追い越されたりを繰り返しながら登っていった. 浄蓮庵を過ぎると今度は暫く下りが続く.せっかくここまで登ってきたのにまた標高400mの谷まで250mも下るのは何となく勿体ないような気がしてしまう.


下り坂を調子良く下って行くとやがて視界が開けて目の前に集落が現れた.左右内という集落のようだ.雨にむせぶ集落の風景がどことなく遠い昔にタイムスリップしたような不思議な懐かしい味わいを醸し出している.集落の間を通り抜けていると、向こうの山の方から鐘の音が聞こえてきた.焼山寺の鐘の音であろうか.視界が悪くお寺の場所は分からなかったがどうやら焼山寺に大部近づいたようだ.心なしか足取りが軽くなる.


集落を過ぎやがて谷底のような場所に出た.沢の水がとても綺麗で澄んでいる.どうやら下りはここまでで、ここから焼山寺までは標高差300mの急勾配を一気に駆け上がることになる.勾配はきついが道はとても綺麗に整備されていて歩き易い.所々岩が露出していて、雨に濡れてとても滑りやすく何度か足を取られてしまった.


焼山寺までの最後の急勾配はかなりきつく息が切れてしまった.急斜面を登りきると緩やかな開けた場所に出た.どうやらすぐ先に焼山寺の駐車場があるようだ.車で来たお参りの人達が続々と細かな玉砂利が敷き詰められた緩やかな参道を歩いて行く.後ろから歩いてきた80歳過ぎくらいのおじいさんに声を掛けられた.

 「お兄さんどこから来たの?」
   「神奈川から」
 「金沢?」
   「いや神奈川県です」
 「そりゃまた遠くからきたねー」

「わしも若い頃遍路でこの山登ったことがあるんだ.今でもまだあんたには負けないよ」と言うと急に早足で歩き出した.

あまりにも一生懸命早足で歩き出したので、しょうがないので付き合って暫く一緒に歩いてあげたが、これ以上無理をされてぽっくり逝かれても困るので、途中で付いていけないふりをして歩くペースを落とした.おじいちゃんはそのまま山門まで一気に早足で歩いていった.誇らしげに歩いていく爺さんの後ろ姿が何とも可愛らしかった.


12時過ぎにようやく焼山寺に到着した.麓の藤井寺から約4時間の行程だった.遍路転がしなどと呼ばれているのでさぞかし大変な山岳コースを思い描いていたが、とても良く整備された快適な歩き易い山道だった.ちょっと大げさに考え過ぎていたようだ.


雨にむせぶ焼山寺
雨にむせぶ焼山寺

お参りを済ませ一休みしていたら急に雨が激しく降ってきたので、本堂の左側にある建物の軒先を借りて雨宿りさせて貰うことにした.北海道から来ている彼女が軒先で先に雨宿りをしていた.私より20~30分くらい前に到着して休んでいたようだ.軒下には彼女の他にもう一人中年の男性が雨宿りしており、彼女とこの男性はこれから山の頂上にある奥の院へ向かうところだと言う.この男性も普段から山歩きをしているらしく、今夜は私と同じ宿に泊まるようなので一緒させて貰うことにした.私はまだお昼も食べていなかったので、彼女たちに先に行って貰い、お昼を食べた後で彼女たちを追いかけることにした.


軒下でお昼を食べているうちに雨がどんどん激しくなってきた.奥の院はここから1.4km先の標高938mの山の頂上にある.この雨では奥の院まで行くのは大変そうなので、結局奥の院行きは止めることにして彼女たちが戻ってくるまで雨宿りをしながら暫くここで待つことにした.


雨宿りをしながら待っていると、例の外人夫婦もやってきたので、軒下で一緒に雨宿りした.話を伺うとこのご夫妻はオーストラリアから来ていると言う.何でも奥さんは以前に日本に何年か住んでいた事があって、ほんの片言の日本語は話せるようだった.ご主人がGPS(GarminのeTrekシリーズだったような気がする)を私に見せて、現在の気圧や高度などを測定して見せてくれた.やはりかなりのトレッカーのようだ.


奥さんは隣で雨宿りしていた日本人のおじさんがしきりに口癖で「まいったー まいったー」と言っていたのが気になっていたらしく、「まいったー まいったー」ってどういう意味かと聞かれたが、上手く英語でニュアンスを伝えることができなかった.このオーストラリアから来ているご夫婦は今夜は神山町の桜屋旅館に泊まると言っていた.暫く雨が上がるのを待っていたが、一向に止みそうもないのであきらめて先に山を下りていった.


何をするともなく軒先で奥の院に行った二人が戻ってくるのを待っていたが、2時を過ぎても一向に戻ってくる様子はない.もうとっくに戻っていても良さそうなのだが.何かあったのだろうか.ちょっと心配になった.そう言えば柳水庵で出会ったグループの人達もまだ着いていないようだ.


軒下でじっとしていられなくなって納経所の建物の中で暫くまつことにした.中はストーブが焚かれていてとても暖かかった.暫くして遅れていたグループが到着した.例の赤いスウェットの男子も何とか無事にここまでたどり着けたようである.とりあえずホッとした.ここまで無事たどり着けたのは良いが、今夜の宿も決めていないばかりか、食べる物も用意していないという.野宿の装備は持っているようだが、この天候では山の中で一晩過ごすのは大変だろう.この近くの宿はどこも予約で一杯で、今からでは宿を確保するのは難しい.とりあえずまだ食べずに残していたおにぎりを彼に差し入れるが、彼はお礼の一言も言わずに黙っているだけだった.その後彼の消息は聞くことがなかったので、おそらくここでお遍路を脱落してしまったのだろう.


2時30分を過ぎてもまだ奥の院組はまだ戻ってこない.奥の院へ行く際に荷物を納経所に預けて行くと言っていたので、念のため納経所で彼らが荷物を受け取りに戻ってきたかどうか尋ねてみたところ、何と既に荷物を受け取りに戻ってきていたらしい.どうやら完全に奥の院組とすれ違いになってしまったようだ.


焼山寺の境内でずいぶん無駄な時間を費やしてしまった.今夜の宿は鮎喰川沿いにあるペンションやすらぎである.ここからはまだ16~17km はあるだろう.単純計算で時速4kmとしても休みなしで4時間である.鏡大師経由の道はかなりの山道らしいので、平均時速4kmはきつそうだ. ペンションやすらぎに電話で遅くなることを伝えると、オーナーのおじさんは適当なところで連絡をしてくれれば、車で迎えに行くと言ってくれた.申し訳ないのでなるべく自分の足で行けるところまでは行くことにした.午後3時前、まだ雨が降りしきる中、急いで焼山寺を後にした.


玉ヶ峠を越えて鮎喰川へ


宮分集落からの眺望
宮分集落からの眺望

緩やかな車道を下りていく
緩やかな車道を下りていく

丘を越え再び鮎喰川へ
丘を越え再び鮎喰川へ

木製の潜水橋を渡る
木製の潜水橋を渡る

橋を渡り来た道を振り返る
橋を渡り来た道を振り返る

雨で濡れた下りの山道はとても滑りやすく、ちょっと油断をすると足を取られてとても危険だ.焼山寺への上り道よりも、こちらの下山の道の方が遍路転がしと呼ぶには相応しいようだ.夕暮れにはまだ時間があったが雨のせいか山の鬱蒼とした木々の中は薄暗くて不気味だった.途中でおばさん2人組に追いついた.暫くおばさん達とおしゃべりをしながら山道を下りていった.何でもおばさんたちの間では、私はどこかのお寺の跡取り息子で、お寺を継ぐためにお遍路修行に来ているという設定になっているらしい.思わず大笑いしてしまった.おばさん達といつまでもおしゃべりをしてる訳にも行かないので、おばさんたちと別れて先を急ぐことにする.


山道を下りきると鍋岩という地区に出た.鍋岩には鍋岩荘という一般客も宿泊可能な企業の保養所があり、一般的な歩き遍路にとっては丁度良い位置にある宿なのだが、ピークシーズンということもありかなり前から予約を入れていないと無理なようだ.鍋岩荘に泊まれない場合はその先の神山温泉まで足を延ばさないとならない.私は別格2番の童学寺に行かなければならないので、玉ヶ峠、鏡大師経由で鮎喰川方面に出る必要があった.


鍋岩荘の手前で県道43号線を左に逸れて、山道に入っていく遍路道の入り口を注意深く探す.入り口は直ぐに見つかったが、山の中は相当薄暗く中に分け入るのを一瞬躊躇する.一応ヘッドライトは持ってきているので、山の中に分け入るができれば日没後の山歩きは避けたいところだ.


山道から途中で細い林道のような道に出たが、雨で地図を取り出すのが面倒だったので、地図をろくに見ずにこのままこの林道を道なりに暫く歩いていたら、後ろから軽トラがやってきて私の横で止まった.乗っていたおじさんが、「道が違うよ.戻らないと駄目だよ.この先は私の家が1軒有るだけで行き止まりだよ」と教えてくれた.おじさんにお礼を言って、元来た道を引き返す.200~300m程もどった所に確かに遍路道の標識があった.地図も確認せずに焦って歩いていたので遍路道の標識を見逃してしまったようだ.


もしこのおじさんに出会わなければこのまま間違った道を進んでしまっていただろう.こんな山奥の誰も通らない道で、しかもたった1件しかない家のおじさんが偶然通りかかるなんて.単なる偶然に過ぎないのだが、あまりにも偶然が重なると、単なる偶然も必然のように感じてしまうのかもしれない.信仰心の強い人なら間違いなく御大師様のお導きと言うだろう.信仰心の薄い私でさえ何となく何かに導かれているような不思議な感覚を覚える.歩き遍路をしていると、日常世界では得ることの出来ない不思議な感性が蘇ってくるのを感じる.


気を引き締め直して再び山道に分け入る.暫く山道を登って行くとやがて玉ヶ峠に出た.どうやらここから先は、車道に沿って緩やかに下って行けば良いようである.少しホッとした.心なしか雨も小降りになってきたようである.空も先程よりかは大部明るくなってきた.


道沿いにて小さな集落が点在している.眼下には綺麗な川が谷筋に沿って流れている.鮎喰川だろうか.雨上がりの霧に包まれて何とも言えない幻想的な光景が広がっている.何と美しい光景であろうか.まだこんな場所が日本に残っていることに嬉しくなった.  雨の焼山寺越えは不運としか言いようがないが、おかげでこんな幻想的な光景に出会えたのだから雨に感謝しなければ.


鮎喰川が流れる谷を右手に見ながら緩やかな道を下っていく.鏡大師を通り過ぎ、鮎喰川まで下りて来たときには、既に雨は止んでいた.植村旅館のところで橋を渡り対岸のちょっとした山道に入って行く.大きく蛇行した鮎喰川をバイパスするような形で遍路道が通っている.小さな山の峠を越えると再び鮎喰川の河原に出た.川には木製の沈下橋が掛かけられているが、大雨で橋が流されても良いように橋が造られている.橋の上から水中を覗いて見ると川底の様子が手に取るように分かる.本当に綺麗な流れだ.


ここからペンションやすらぎまでは舗装された川沿いの県道を歩く事になるが、まだ6kmぐらいはありそうである.ここからはフルピッチで宿へ向かった.平地であれば普段は時速6km前後で歩くが、それ以上のスピードで歩いている.今までこんなスピードで長時間歩き続けたことは無かったが、まだこんな体力が自分に残っていること自体が不思議だった.


予定よりだいぶ遅くなってしまったが、何とか7時前にはペンションやすらぎに到着することができた.いったい最後は時速何キロで歩いていたのだろうか.宿に着くとペンションのオーナーが早速食事を用意してくれた.焼山寺で一緒になった男性も先に着いていて、わざわざ私が到着するまで夕食を待っていてくれたらしい.宿のご主人やこの方に申し訳ないことをしてしまった.


焼山寺で一緒になった男性は福岡から来ているTさんと言う方で、普段から山登りをやっておられるようだった.奥の院から戻って来たときに私が居なかったらしく、私が先に山を降りたと思って納経所からそのまま山を降りて来たと言っていた.やはりすれ違いだったようだ.



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Altitude Chart 4/07
GoogleEarth Photo
トラックデータ:KML形式ファイルGPX形式ファイル



この日の歩数: 54,505 歩 【累積歩数: 130,020 歩 】 歩行距離: 29.9 km 【累積歩行距離: 75.1 km 】

宿泊先: ペンションやすらぎ 【TEL:088-678-0198  FAX:088-678-0528】
       〒771-3201 徳島県名西郡神山町阿野字南行者野349-1

       シングル2食付き 6,825円
       洗濯機・乾燥機:有り(乾燥機の使用は300円)



焼山寺の遍路道について


焼山寺の遍路道は『遍路転がし』と呼ばれていますが、この表現は普段山登りをしている人にとってはあまりにも大袈裟過ぎます.初心者向けの低山ハイキングコースだと思えば良いでしょう.


このコースはそこそこ距離があり、それなりにアップダウンがあるので体力的には多少きついかもしれません.藤井寺から焼山寺までの往復は道も整備されており、危険な個所も無いのでトレイルランニングの練習コースとして良いかも知れません.初心者向けのハイキング入門コースとは言っても、登山経験の殆ど無い人達にとっては焼山寺の遍路道は相当厳しい道のりで、まさしく『遍路転がし』と感じるでしょう.


藤井寺から焼山寺までの上りは比較的易しいですが、焼山寺から鍋岩集落までの下りはかなり急な下りで、足下はかなり滑り易いので、山歩きに不慣れな人にとっては辛いかもしれません.登山経験が無い人はできれば高尾山や金剛山、六甲山などの初心者向けの低山ハイキングを事前に経験しておくのが良いでしょう.これらの山に一度登っておけば、焼山寺はそれ程困難な山道ではないでしょう.



 藤井寺から焼山寺までの時間的な目安として、

   普段山登りをしている健脚な人: 4時間前後
   平均的な体力の人:       5〜6時間程度
   高齢者や体力が無い人:     7〜8時間程度

 を見込んでおけばよいでしょう.

 健脚な山屋さんであれば、藤井寺を早朝に出れば13番の大日寺まではその日のうちに打つことが出来るでしょう.

靴選びについて


遍路道はとても整備されていて歩き易いので、ハイカットの登山靴は必要ありません.焼山寺の遍路道に関しては登山道部分が多いのでトレッキングシューズの方が良いのですが、遍路ルートの殆ど大部分はアスファルト舗装された平坦な道です.山歩き的な感覚で靴を選ばない方が良いでしょう.


お薦めとしてはローカットかミッドカットの軽トレッキングシューズで、ゴアテックス等の防水対策がしっかりしているものです.舗装道路を長時間歩く事を考えると、膝やかかとへの衝撃の少ないウォーキング専用のシューズの方が良いかもしれません.


私は最初ローカットの軽トレッキングシューズを履いていましたが、途中で足がむくんで大きくなって履けなくなり途中で柔らかなランニングシューズに履き替えました.今回の遍路では石鎚山に登ることを考えていたので、松山市内でミッドカットの軽トレッキングシューズ(アサヒBROOKS サハラ)を買い直しましたが、歩き遍路の靴選びは本当に難しい問題です.


普通の山登りでは1回の行程は長距離縦走の場合でもせいぜい2〜3日程度ですが、歩き遍路の場合毎日30〜50km近く歩く事になります.普通の山登りの感覚で歩き続けることはできません.足の疲労が日に日に蓄積して、最後の方では朝布団から起き上がることさえ困難な状況になりました.足のむくみもひどく、遍路の後半では普段よりも1.5〜2cm位大きめのサイズの靴を履いていました.


靴選びは自分が普段履いているサイズよりも1cm〜1.5cmくらい大きめの靴を選んで、最初のうちはトレッキング用の厚手のソックスで調整するのが良いでしょう.歩き遍路の途中靴を調達するのは結構大変です.徳島市、高知市、松山市など県庁所在地まで行かないと手に入りません.


通しの歩き遍路の場合、靴選びが完走する上での最も重要な要素になります.



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