<< 4/29 『足摺岬を目指して』 第2日目 5/1 土佐清水から竜串海岸を経て叶崎へ >> この GoogleEarth KMZ形式ファイルをダウンロードする 大きな地図で見る この日の歩数:46,685 歩 【累積歩数:878,578 歩 】 歩行距離:29.8 km【累積歩行距離:513.9 km 】 宿泊先: ビジネスH 南粋 【 TEL 0880-82-2777 】 〒787-0325 高知県土佐清水市栄町17-11 5,800円(素泊まり) 洗濯機 乾燥機: 不明 (近所にコインランドリー有り) 本文 アルバム << 4/29 『足摺岬を目指して』 第2日目 5/1 土佐清水から竜串海岸を経て叶崎へ >>
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<< 4/29 『足摺岬を目指して』 第2日目 5/1 土佐清水から竜串海岸を経て叶崎へ >> 4/30 足摺岬を廻って土佐清水へ 本文 データ アルバム 足摺岬を廻って土佐清水へ 土佐湾に昇る朝日 サーファーで賑わう大岐海岸 以布利漁港の水揚げ 38番 金剛福寺 足摺岬 土佐湾に昇る朝日を眺めに宿の前の海岸に散歩に出かけた.今朝はうっすらと雲がかかっていて、鮮やかな日の出は見られなかったが、条件が良い日には達磨状の日の出を見ることが出来るという. 朝食を済ませると、お遍路さんは直ぐに宿を出て行った.いつものようにテーピングに手間取り宿を出るのが最後になってしまった.出がけに女将さんからお握りのお弁当と飴などが詰まったおやつのお接待をいただいた.徳島の古牟岐で戴いた瓶詰めの蜂蜜を持ち歩いていたが、なかなか食べる機会もないので久百々の女将さんに差し上げた.女将さんは北海道からなじみのお客さんがお土産に置いていったというホワイトチョコレートと小さな手縫いのふくろう(不苦労)のストラップをくれた. 宿の女将さんに見送られながら足摺方面へ向かった.所々で国道をバイパスするように遍路道が設けられていたが、地図には載っていない場所にも独自の黒い文字で書かれた遍路標識があって紛らわしかった.途中にあった広い砂浜が続く大岐海岸には朝早くから大勢のサーファーが繰り出していた.この砂浜の海岸がお遍路コースになっているようだったが、テーピングしている足に砂が入ってきては面倒なので海岸を避けて国道を歩いた.国道を逸れ以布利という小さな漁港の前を歩いていると、水揚げされたばかりの魚が沢山並べられていた.結構色々な魚が揚がるようだ. 以布利から窪津というに向かっている途中で、県道をバイパスするような形で遍路道が付けられていたが、途中で勘違いして逆方向の山道に入ってしまった.そのまま山道を歩いていたら反対側から埼玉のOさん達がやって来た.もう金剛福寺から戻ってきたのですかと言うと、これから金剛福寺向かうところだと言う.えっ? ということは私が逆戻りしていたということか.途中でOさん達に会わなければ暫く気がつかずにそのまま逆行しているところだった.元来た道をOさん達と一緒に歩いていった. 県道27号線の道は廻りが木々に囲まれていてあまり眺めは良くなかったが、木陰が多くて助かった.足摺岬に近づくと次第に観光客の車が目立つようになってきた.金剛福寺の前の道路は駐車場を探す車でごった返していた.お昼過ぎようやく38番金剛福寺に到着した.境内は一般の参拝客で賑わっていた.私たちよりも一足先にK2組が来ていたようだ.境内を出てお弁当を食べる場所を探すが、どこも人で一杯で落ち着かないので先に進むことにした.Oさん達は打戻なので、元来た道を引き返して行った. 人気のない道端のベンチを見つけたので、お接待でいただいたお弁当を食べていたらK2組がやって来た.K2組も海廻りのコースで土佐清水まで行くという.3人で一緒に土佐清水へ行くことにした.休憩を終え歩き出そうとしたら後からタケちゃんもやって来た.結局4人で海廻りのコースを歩くことになった. 私とKHさんが先を進んでは残りの2人が追いつくのを待つというパターンを繰り返しながら海沿いのコースを歩いて行った.夕方近くになると段々雲が多くなっていた.どうやら天気は下り坂のようだ.今夜の宿は土佐清水市内のビジネスホテルを予約してあるので、近くのスーパーで買い物をしてから、ホテルにチェックインした.タケちゃんはまだ宿を予約していなかったが、土佐清水市内で宿を探していたら結局私と同じホテルに泊まることになった. 夜近所の銭湯のコインランドリーで洗濯をしていたら、雨が降り出して来た.雨は一晩中降り続いていた. この GoogleEarth KMZ形式ファイルをダウンロードする 大きな地図で見る この日の歩数:46,685 歩 【累積歩数:878,578 歩 】 歩行距離:29.8 km【累積歩行距離:513.9 km 】 宿泊先: ビジネスH 南粋 【 TEL 0880-82-2777 】 〒787-0325 高知県土佐清水市栄町17-11 5,800円(素泊まり) 洗濯機 [...]
<< 4/28 『足摺岬を目指して』 第1日目 4/30 久百々から足摺岬を経て土佐清水へ >> 本文 データ << 『足摺岬を目指して』 第1日目 4/30 久百々から足摺岬を経て土佐清水へ >>
<< 4/28 『足摺岬を目指して』 第1日目 4/30 足摺岬を廻って土佐清水へ >> 4/29 『足摺岬を目指して』 第2日目 本文 データ アルバム 久百々へ 朝食を食べていると、お遍路の間で38番の金剛福寺から39番の延光寺までどういうルートが良いかという話題になった.この区間のルートは幾つもあり、初めての歩き遍路にとってはどのルートを採れば良いのか結構悩む所でもある.私以外のお遍路さん達は結構ルート選択に迷っていたようだった.私は同じ道は歩きたくなかったし、大好きな海岸線を歩きたかったので、私は当初から一番遠回りな大月神社経由の海廻りルートを行くことに決めていた.結局私以外はみな金剛福寺への打戻りルートを選んでいた. 7時30分に宿を出たが、歩いている途中でテーピングがずれてしまい、大方のお遍路休憩所でテーピングを仕直していたら、岩本寺の宿坊で一緒になった静岡の区切り打ちの男性が通り掛かった.この男性は昨夜は東寺大師堂という簡易宿に泊まったらしいのだが、宿の関係者が誰も居らず、連絡もとれなくてそのままそこの宿に泊まったらしい.朝になっても誰も来ないので、そのまま出てきたといって怒っていた. 須崎のお遍路休憩所にやたらとこの宿の宣伝ビラがばらまかれていたのでこの宿の事は知っていたのだが、かなり胡散臭そうだった.昨日この宿の前を通った時にちょっと覗いてみたら、貨物コンテナを改造した簡易宿泊施設だったので、野宿派が泊まるには良さそうだったが、一般のお遍路さんの泊まるような所では無さそうだった. 土佐入野の海岸 四万十大橋の上から お洒落な水門 四万十の大文字焼き 私はまだテーピングに時間が掛かるので、静岡の男性に先に行って貰った.土佐入野の海岸を歩いていると、連休ということもあり朝から大勢の人達が浜辺に繰り出していた.お遍路には何となく場違いな海岸だった. 海岸の休憩所で再度テーピングを仕直していたら、60代くらいの男性お遍路さんがやってきた.この男性は長野から来ていると言っていた.心臓の血栓症で通院しているので今回はあと2~3日で一旦長野に帰らなければならないと言う.そんな持病を抱えていて過酷な歩き遍路をしても大丈夫なのだろうか. 蛎瀬橋を渡った先にあった丘の上の休憩所で30代位の男性が休憩していた.お遍路の身なりはしていなかったが、バックパックを背負って歩いているようだった.この男性と色々な事を話していたら静岡の区切り内の男性もやって来たので、3人で色々とお遍路のことや靴のことなどを色々と話していた. この男性は山道が有るからといってトレッキングシューズで歩くのは良くないという.理由を尋ねると、トレッキングシューズは足首をしっかりとガードしてぐらつかないように作られているので、靴に頼りすぎて安直な歩き方をしてしまうのでかえって足を痛めやすいという.ジョギングシューズの方がその分慎重に山道を歩くので怪我はしないのだという.確かにトレッキングシューズでは足場の悪いところでも気軽に歩いてしまうことがある.なるほど一理あるなと感心した. この休憩所で30分以上3人で話をしていただろうか.この男性も中村方面へ行くというので3人で話をしながら歩いた.色々話を聞いていると、この男性はもう7年も四国を歩き続けているという.何年も四国を歩き続けている人達が居ることは話に聞いて知っていたが、この男性もそうなのだろうか.とても綺麗な身なりをしているのでとても何年も廻っているお遍路ホームレスには見えなかった.四国の要所要所に支援してくれる人達が居て、暫く泊めてくれたり食事を提供したりしてくれるという.彼がこのような生活を続けている理由は知る由もないが、何だかお遍路の負の側面を見てしまったようで、とても複雑な心境だった. この男性と別れ、静岡の男性と一緒に四万十川へ向かった.静岡の男性は百名山にも挑戦しているアウトドア派の山屋さんだったが、急に何十キロも歩き始めたので、かなり足腰の状態が悪化していて、歩き方がぎこちなかった.四万十大橋の手前のコンビニに寄り昼食を食べながら休憩した.静岡の男性はいつもよりも遅いペースでしか歩けないようなので、ここで別れ一足先に足摺方面へ向かって行った. 1時間位このコンビニで休憩してから、四万十大橋を渡った.四万十川は吉野川と並んで四国を代表する川で、最後の清流と呼ばれているほど水の綺麗な川らしいが、この付近は河口に近いせいかそれほど水は澄んでいなかった.お洒落な長屋のような建物が川岸に建っていたので側に行ってみると、大きな水門の機械小屋だった.剥き出しのコンクリートではなく石垣風に作られていて、なかなか粋な水門だった.このようなお洒落な水門がもっと増えると河川を管理する側も川に接する住民ももっと川に愛着が持てるようになるかもしれない. 四万十川右岸の国道321号線を歩いていると、対岸の広大な河川敷では何かのイベントが行われていた.どこかの企業の運動会だろうか.時折風邪に乗って場内アナウンスが聞こえてくる.上空ではラジコン飛行機が盛んにアクロバット飛行をしている.場内アナウンスを注意して聞いていると、どうやら運動会ではなくラジコン飛行機の全国大会が行われているようだった.会場へ寄っていきたかったが、川の対岸なので諦めて華麗なアクロバット飛行を暫く眺めていた.時折遊覧飛行の本物のヘリコプターが河川敷の奥から離発着を繰り返していたが、まるでラジコン操縦の模型のようだった. 四万十川を離れ山越えの道に入ると、途中に小さな大文字焼きの山があった.お盆の季節に四万十川の河原からこの送り火を見ながら、灯篭を流す光景が目に浮かんだ. 連休中のせいか、やたらとバイクの集団が足摺方面へ向かっていく.日射しが強くかなり暑い中、緩やかな上り坂を登っていくと、大きなトンネルの入り口に差し掛かった.新伊豆田トンネル、1620m も有るようだ.新伊豆田トンネルはこれまで通ってきたトンネルの中でも最長のトンネルだった.トンネルに入って10分経ってもまったく出口が見えてこない.途中で緩くカーブしているので出口が全く見えない.トンネルを抜けるのに15分以上かかってしまった.トンネル抜けたときはかなりホッとした. トンネルを抜けた先にドライブイン水車の前で、朝入野の浜で会った血栓症の持病がある男性と女性2人組が休憩していた.男性の名前は分からなかったが、女性の2人組は彼のことをタケちゃんと呼んでいた.女性の2人組は昨日から何度となく見かけていたが、話をする機会はなかった.昨夜の民宿日の出に泊まっていたが、2人組は素泊まりだったので話をする機会はなかった. 私は一息つきたかったので、彼女たちに先に行って貰った.10分ぐらい休憩してから国道321号線を下ノ加江方面に歩いていると、横を流れている水の綺麗な川でカワセミが餌の魚を狙っていた.狙いを定め一瞬で魚を捕らえた.TVではカワセミが魚を捕獲するシーンは見ていたが、実際に目の当たりにしたのは初めてだった. 下ノ加江の手前で、3人組に追いついた.一緒に歩きながら話をしていたら、この女性2人組は36番青竜寺の手前ですれ違った女性2人組だった.納経時間がとうに過ぎているにも関わらず私が青竜寺に向かっていたので、不思議に思っていたのだそうだ.この2人組は都内から来ていて一人は20代半ばくらいのKHさんで、もう一人はもう少し年上のKNさんだった.この2人は少し歳は離れているようだったが、同じ職場の同僚だと言っていた.KNさんはちょっと控えめな落ち着いた感じのお姉さん、KHさんはやんちゃな妹と言った感じだろうか.両方とも名字のイニシャルがKなので彼女達をK2組と呼ぶことにする. KHさんは相当な負けず嫌いで、途中で私に追いつかれたのがかなり悔しかったようだった.冗談で下ノ加江までどちらが早いか勝負しようかと言うと、本気で勝負に乗ってきそうだった.KNさんは頼むからこの娘を嗾けないでと嘆願していた.これまでも何度もKHさんが他のお遍路さんに対抗意識を燃やして暴走するので、大変な目に遭って来たらしい. 下ノ加江のコンビニで買い物をしていると、店内に埼玉のOさんが浴衣姿でうろついていた.今日はこの直ぐ裏手にある安宿という宿に泊まっているという.お風呂上がりに缶ビールと酒のおつまみを買いに来たらしい.タケちゃんも安宿に泊まるようなので、K2組と一緒に下ノ加江を後にした. 私は運良く久百々を予約することができたが、K2組はその先の大岐海岸の宿に泊まると言っていた.ここからだとまだ1時間以上は掛かるだろう.久百々の前で彼女たちと別れ、久百々に入ると女将さんが出てきた.名前を告げると女将さんが怪訝そうな顔をしている.今日予約をして有るはずだと言うと、女将さんが一旦確認のため奥に戻ってまた戻ってきた.『ご免なさい 今日の予約リストに入ってなかったの 部屋はすでに一杯なので、相部屋でも良いかどうか他のお遍路さんに聞いてみるから少し待って下さいね』と言って、相部屋の交渉をしてくれた.どうやら女将さんが日にちを間違えたか、予約リストに名前を載せるのを忘れていたようだった. 幸い、1階の大きな部屋に泊まっていたお遍路さんが快く相部屋を承諾してくれたので、同室させていただく事にした.今晩の食事は大丈夫だという.部屋は一番大きな部屋で7~8名ぐらいは泊まれそうだった.この日の宿泊客は全部で7名だった.この宿に2連泊して金剛福寺を打戻でお参りする人が2名程泊まっていた.ここから金剛福寺までは片道約20km、往復40kmも有るが、宿に荷物を置いて身軽な状態で歩けば、1日で楽々往復できる距離である. 久百々の女将さんもお遍路の間ではちょっとした有名人らしく、この宿もいつも予約で一杯のようだった.女将さんはとても明るい人で女将さんの人柄もこの宿の人気を支えているようだった. [...]
<< 4/28 『足摺岬を目指して』 第1日目 4/30 足摺岬を廻って土佐清水へ >> この GoogleEarth KMZ形式ファイルをダウンロードする 大きな地図で見る この日の歩数:46,685 歩 【累積歩数:878,578 歩 】 歩行距離:29.8 km【累積歩行距離:513.9 km 】 宿泊先: 久百々 【 TEL 08808-4-1664 】 〒787-0244 高知県土佐清水市久百々120 http://www5e.biglobe.ne.jp/~kumomo/ 2食付き 6,000円 洗濯機 : 有り(無料) 人気の遍路宿ですので、遍路シーズンではなかなか予約できないかもしれません. 天気が良ければ目の前の海岸から太平洋に昇る朝日を拝めます. 本文 アルバム << 4/28 『足摺岬を目指して』 第1日目 4/30 足摺岬を廻って土佐清水へ >>
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<< 4/27 安和から37番岩本寺へ 4/29 『足摺岬を目指して』 第2日目 >> この GoogleEarth KMZ形式ファイルをダウンロードする 大きな地図で見る この日の歩数:51,675 歩 【累積歩数:831,893 歩 】 歩行距離:31.0 km【累積歩行距離:484.1 km 】 宿泊先: 民宿 日の出 【 TEL 0880-44-1483 FAX 0880-44-1871 】 〒789-1901 高知県幡多郡黒潮町上川口1486-6 2食付き 6,000円 (素泊まりは 3,500円) 洗濯機・乾燥機: 有り(洗濯機は無料、乾燥機はコイン式) 本文 アルバム << 4/27 安和から37番岩本寺へ 4/29 『足摺岬を目指して』 第2日目 >>
<< 4/27 安和から37番岩本寺へ 4/29 『足摺岬を目指して』 第2日目 >> 4/28 『足摺岬を目指して』 第1日目 本文 データ アルバム 足摺岬を目指して マリリンモンローさん発見 熊井トンネル 鰹のぼり 風光明媚な海岸線が続く 黒潮町はくじらの町 朝6時から岩本寺の本堂でお勤めがあった.ここのお寺の本堂には不動明王、観世音菩薩、阿弥陀如来、薬師如来、地蔵菩薩の5つのご本尊が安置されていた.ご住職が何故5つもご本尊があるのか説明してくれたが、詳しいことは忘れてしまった.このお寺の本堂の天井画は良く写真で目にしていたが、実際に目の当たりにするとそれほど違和感がないのが不思議だった.お勤めの後、マリリンモンローさんを探してみた.何百枚も絵が描かれているのでなかなか見つけられなかったが、お堂の端の方で微笑んでくれていた. 昨日は無理をせずに早めに宿に入って休養したおかげか今日は体調は良いようだ.昨日列車を使ってしまった土佐久礼から窪川までの遍路道を歩きに戻りたかったが、既に今夜の宿を押さえてしまっていたため今日はこのまま先へ進むしかなかった.今日から連休で区切りのお遍路さんが大勢繰り出しているためか、連休中の宿の確保は大変だった.キャンセルすると泊まるところが確保出来なくなってしまうので予定通り進むしかなかった.中村までは土佐くろしお鉄道があるので何とか土佐久礼に戻ることができるが、足摺方面へ行ってしまうとその先は宿毛まで行かないと、土佐久礼に戻ることができない.どうするか暫く考えあぐねていた. 朝8時、岩本寺の宿坊を後にして国道56号線を黒潮町方向へ向かった.国道56号線に入る手前で横浜のOさん(女性)を見かけたので、そのまま一緒に歩くことにした.佐賀温泉の休憩所で一休みしてから再び国道56号線を歩いていたら、原チャリで巡回中のお巡りさんに声を掛けられた.国道は車が多く危険なので、伊与木川の右側の細い道を歩くように勧められた.勧められた通りに川の右側の細い農道のような道を歩いていたら、またお巡りさんがやってきた.私たちが川の右側を歩いているのを確認すると嬉しそうにそのまま通り過ぎて行った. 伊与木駅の少し先で、小さな山を越えていく遍路道に入った.遍路道の先には煉瓦作りの古びたトンネルがあった.大人が両手を伸ばせばトンネルの壁に手が届きそうな小さなトンネルだった.トンネルの入り口にこのトンネルの説明書きがあった.1905年(明治38年)の完成ということなので100年以上前のトンネルだったがとても堅牢そうなしっかりしたトンネルだった.照明がないので昼間でも中は暗く不気味だった.このトンネルの中を歩いていると今まで感じたことのない霊気のようなものを感じた.ちょっと怖かった. トンネルを抜け、土佐くろしお鉄道の線路の手前に尻尾がちぎれた1m程の蛇が道の端に横たわっていた.まだかすかに動いていたがこの状態では助かりそうもなかった.列車にでも轢かれてしまったのだろうか.この旅で小さな子供のマムシは見かけていたが、このサイズの蛇を見たのは初めてだった.いつもは嫌われ者の蛇くんだが、なんだかとてもかわいそうだった. 土佐佐賀の手前で川に沢山の鯉のぼりが架けられていたので、思わず鯉のぼりの下まで行ってみた.見慣れた鯉のぼりの中にちょっと風変わりな鯉のぼりが泳いでいた.鯉のぼりならぬ鰹のぼりだった.やはり土佐と言えば鰹なのだろう. Oさんは土佐佐賀の宿を取っているということなので、土佐佐賀でOさんと別れ今夜の宿のある大方へ向かった.国道の標識に『鯨の見える町』と大きく宣伝されていたので、鯨が見えないかと海を眺めながら歩いて行った.鯨は見えなかったが風光明媚な海岸線を堪能できた. 今夜の宿の民宿日の出まであと500m位というところで、右足の指の付け根付近がビシッという音を立てて裂けた.最初何が起きたか分からなかったが宿についてから確認すると、右足の中指と人差し指の間が裂けていた.無意識のうちに左足を庇って歩くため、右足に余計に負担が掛かっていたのか、右足の裏はいつもマメに悩まされていた. 同じ宿に埼玉のOさん(男性)も泊まっていた.Oさんは私の隣の部屋だったが私の部屋までOさんのイビキが聞こえてきた.Oさんのイビキは自分でも言っていたがかなり豪快なイビキだった. この GoogleEarth KMZ形式ファイルをダウンロードする 大きな地図で見る この日の歩数:51,675 歩 【累積歩数:831,893 歩 】 歩行距離:31.0 km【累積歩行距離:484.1 km 】 宿泊先: 民宿 日の出 【 TEL 0880-44-1483 FAX 0880-44-1871 [...]
<< 4/26 国民宿舎土佐から『横浪スカイライン』 4/28 37番岩本寺から『足摺岬を目指して』 >> 本文 データ << 4/26 国民宿舎土佐から『横浪スカイライン』 4/28 37番岩本寺から『足摺岬を目指して』 >>